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酒やめた〜‼︎で7年・踏ん張れた全てを書きます。〜揺れ動いたココロの軌跡と共に(笑)〜

    

断酒を決意してから、丸7年経ちました。

それ以前のアルコールに溺れてしまっていた時期のことは、
自分を戒める意味も含めて、今までこのブログにも少し書かせていただきましたが、

断酒を決意してから現在に至るまでの、気持ちが揺れに揺れ動いた様や、それらをどのように上手く飼い慣らしながら断酒の継続ができているのか、といったような、断酒真っ只中(現在進行形!)の感情のことはあまり突っ込んで書いていなかったので、
今回は、わたしの断酒継続中の揺れ動いたココロの軌跡と、それを上手く飼い慣らした方法(大げさ?)をお伝えできれば。と思います。

題して、
「断酒継続中の揺れた感情との闘いの軌跡!」

ヨロシクお願いします。

目次

①断酒開始〜断酒1週間
②断酒1週間〜断酒1ヶ月
③断酒1ヶ月〜断酒2ヶ月
④断酒2ヶ月〜断酒1年
⑤断酒1年〜断酒2年
⑥断酒2年〜現在に至る
⑦断酒7年経って思うこと

①断酒開始〜断酒1週間

断酒しなければ・・!
と決心したきっかけ、というのが、
断酒のために、アルコール依存症専門病棟に学習入院したはずだったのに、退院して1ヶ月で再飲酒してしまい、それが1年ほど続いてしまい、
挙句に、アルコールと持病による肝臓の病気の影響による食道の静脈瘤の破裂による吐血で緊急入院した。
という、泣くに泣けない、なんとも情けなく、それでもかなり切羽詰まった状況で、
泣いて頼む母の姿や、わたしが死んでしまうのではないか、と怯える子どもの姿や、
「やっぱりね!」と、もし聞いていたら呆れた顔をするであろう、離婚した元夫の姿(想像ですが)
を見た時です。

その時の気持ちというものは、
それまで、「隠れてでも飲みたい!」と常に渇望していた1年もの期間の思いがウソのように、
ドーン。と落ち込んだ、というようなものじゃなかったですね。
スーッと、気持ちが、お腹の底の方まで落ちていった。気持ちが据わった。と申しますか。

「終わらせないとな・・・。」
と、妙に冷静に考えて、決心できた。気がしました。

そんなこんなで、入院していた救急病院から退院したその日から断酒を開始しました。

断酒1日目から1週間というのは、実をいうと退院して、まだ家で療養していましたので、
全く、アルコールを欲することはありませんでした。

しかし、わたしには、その前にアルコール依存症専門病棟に入院して、そこを退院後、1ヶ月で再飲酒した。
という苦くて情け無い思い出があります。
そのことをしっかりと踏まえて、いくらその時にアルコールを欲してはいなくても、全く安心はできません。

その時のことを思い出すと、断酒というハードルがとてつもなく高いモノに思えて、
断酒の決意から1週間は、自分の決意をブレさせずに、断酒を続けられるように、
「アルコール依存症についての知識で武装しよう!」
と、アルコール依存症専門病棟での学習した内容を書き留めたノートや、使用されたテキスト。
そこで購入した何冊かのアルコール依存症について書かれた本などを学びなおすことにほとんどの時間を当てました。

今思えば、断酒開始から1週間の時期は、
「もう、失敗はできない!」
と、なんともがむしゃらになっていた時期だったといえると思います。



②断酒1週間〜断酒1ヶ月

断酒1週間目は、すなわち退院1週間になっておりまして、わたしは、職場に復帰いたしました。

職場に復帰できることは、大変嬉しかったのですが、以前はここで調子に乗って再飲酒をやらかした。という苦い経験がありましたので、
とにかく、1日、1日、用心に用心を重ねて、前に失敗した仕事の帰り道などは特に気をつけて、
脇目も振らずに自転車を漕いで、家に直行する。
という毎日を必死で送っていました。

以前は、仕事の帰りにスーパーなどに寄って、食材の買い出しをして帰ったりしていましたが、
おおよそこの1ヶ月間、というものは、食材の買い物も、土日の仕事が休みの日に、母と連れ立って、一週間分まとめ買いをするようにしておりました。

その頃は、徹底的に、1人ではスーパーであろうと、コンビニであろうと、立ち寄らない!
と決めていて、それを頑なに実行する日々でした。

飲酒欲求の方は、といえば、
テレビでアルコールこコマーシャルなどを見ても、「あぁ〜、飲みたい・・!」という風にはなりませんでしたね。
不思議なことに、あれほど強い飲酒欲求に囚われていたのがウソのように、
断酒に関して言えば、穏やかな気持ちで向き合えていたと思います。

しかし、この1ヶ月間も、自分の断酒継続については懐疑心が強くて、
「君子危うきに近寄らず」などと自分に言い聞かせて、ヒマがあったら、繰り返し、アルコール依存症の知識武装に努めていたのでした。

以前のように、フラフラと買い物。と称して外に出かけることもらなくなり、
その買い物も、母と一緒でないと出かけないらしい。と、家族は少し安心してくれたようでした。

③断酒1ヶ月〜断酒2ヶ月

断酒1ヶ月が過ぎた頃も、まだまだビクビクしていましたね。
1ヶ月〜2ヶ月経った。と言っても、全く安心感は持てませんでした。

何しろ、アルコール依存症専門病棟に入院していた時よりも、クソ真面目に当時のテキストや講義を書き写したノートなどで、バリバリ武装を強めていた頃でもありますので、

アルコールを何かの間違いででも、一口、口をつけたら、断酒を継続しているこの1ヶ月間が、あっという間に無駄になる。
というようなことは、しっかりと頭に入っています。
1ヶ月を過ぎたあたりから、買い物なども、買い忘れた品を、仕事帰りにスーパーに立ち寄って、
買ってからサッと帰る。
という程度のことは、特に構えることなく、できるようになりました。

断酒から2ヶ月くらい経った頃も、特に飲酒欲求を感じることなく過ごすことが出来たと思います。

それは、わたしがアルコールを買えるタイミングをことごとく避けていた。ということと、
アルコール依存症について学習したことの復習を、「一口の怖さ」が故に、必死でやっていたことで得られたモノだとは思いますが、

買い物などを一緒に喜んで付き合ってくれた母や、アルコール依存症であったことなどなかったかのように、いつも接してくれた子どもたちから、
2ヶ月間、断酒を続けていけたことにおいて、すごく力をもらったと、家族にとても感謝しています。

 


 ④断酒2ヶ月〜断酒1年

時期的に、断酒開始してから2ヶ月経った頃、
職場の忘年会がありました。

アルコール依存症だと判明するまでは、職場の人たちとの飲み会も、先頭を立って企画したり、幹事をしたりして、
大いに騒ぎ、大いに飲んでいたものでした。

が、
アルコール依存症と診断されてから以降、職場の飲み会などの誘いも、
「肝臓の病気が見つかったから」という理由で、全て、お断りしていました。

今回は、仲間内だけの飲み会などではなく、
いわゆる正式な忘年会でしたので、
職場の仲間からは、
「飲んじゃいけないなら、食事だけすればいいのに」
と誘われましたが、断酒を決意してから、というもの、実際にアルコールが目の前にある場面に出くわしたこともなく、非常に悩みました。

悩みに悩みに悩み抜いて、
結局、今回は欠席させてもらいました。
「風邪気味なので。」とウソをつきました。
スミマセン。

忘年会の場では、周りの皆がわたしが肝臓の病気を持っていることを知っているので、お酒を勧められることもないでしょうから、心配はなかったのですが、
皆と別れた後、グァーッと飲酒欲求が湧き出てきて、我慢できなくなったりしたら・・。
そうなることはない、と言える自信は、まだまだ持てませんでした。

それと理由はもう一つ。
忘年会の話を家族にすると、家族、特に母がとても心配していたので、余計な心配はさせない方がいいと判断しました。

忘年会を断った判断は、今考えても正しかった。と思っています。
アルコール依存症について書かれた本には、断酒を始めて2ヶ月経ったくらいの時期は、まだ、お酒の席には近寄らない方がいい。と、ほとんどのモノに書かれていますもの。

2ヶ月目の忘年会騒ぎの後、断酒開始から1年くらいまでは、意識的にアルコールから避けて過ごしていました。
が、テレビでのアルコール飲料のコマーシャルなどを見ても、特に構えることもなく、平常心で眺めていられるようになってはいました。

⑤断酒1年〜断酒2年

断酒を始めて1年が過ぎたころから、少しずつ、断酒以前の生活リズムに戻していきました。

買い物なども、仕事の帰りにスーパーなどに寄って済ませたりしました。
その頃は、アルコール飲料のコーナーを通っても、特に構えることなく、素通りできるようになりました。

1年目〜2年目くらいまでの間によく行っていたことは、
アルコール依存症で苦しんだ方のブログや、アルコールだけではなく、様々な依存症について書かれた本や小説など、特に断酒から再飲酒、また断酒。といったループに苦しんでいる方のブログは、畏れをもってかなり読ませてもらいました。

これといって、飲酒欲求が出てきて苦しかった。
などということは、この時期は全くなく、
とはいえ、「いつ出てくるか・・。」まだまだ油断はできないと、常に自分に言い聞かせて過ごしていた時期でした。

ちなみに、2年目までは、もちろん、アルコールが並ぶ席には、誘われても何やかやとウソの理由をつけて、「ゴメンナサイ」と思いつつ、お断りしていました。

 


 ⑥断酒2年〜現在に至る

 断酒も2年目に入ると、アルコールに対する感情も、とても穏やかになっているようでした。

断酒を始めてから、2回、お断りしていた職場の忘年会も、2年目を過ぎた頃の会には出席してみることにしました。

行ってみると、わたしが肝臓の病気で、お酒を飲むことができない。ということは皆に知られており、誰一人としてアルコールを勧めてくる人はいませんでしたので、ホッとしたのを覚えています。
アルコール抜きでも、職場の仲間とワイワイ大騒ぎが出来て、
その日は、非常に楽しく、満足して、家に帰ることができました。

その頃から、ようやく、頭の中でアルコールのことを意識しなくて過ごせる日がほとんどを占めるようになってきました。
特段にアルコールを恐れることもなく、かといって、飲酒欲求が湧くこともなく、アルコールが無い生活。というものが、当たり前のものになってきたようです。

アルコールに振り回されていた頃と比べて、気持ちも、思考も、穏やかなものになった。と、
断酒から2年、いや、3年くらい経った頃に改めて思いました。

しかし、その頃でも、まだ「一口の怖さ」にはかなり用心していました。
アルコール依存症専門病棟から退院してからの再飲酒は、まさしく「お試しの一口」だったわけで、そのたった一口だけで、全くアルコールに対して無力になり、全然抵抗出来ずに溺れていってしまったことの後悔と、恐ろしさ。
「あぁ、わたしは紛れもなく、アルコール依存症なのだ?」と、思い知らされた苦すぎる思い出でなのでした。

その苦い思い出があるので、
その時期は、アルコールは飲まないものの、仲の良い友人たちとの女子会などに出かけることも、たま〜にありましたが、
「乾杯くらいいいんじゃない?」などと振られても、無理なくお断りできるようになったのかな?
とも思います。

忘年会など、職場などの正式な会にやっと出席出来た2年目から、だんだんとアルコールの無い生活が当たり前になっていって、
5年目頃くらいから、アルコール抜きでの仲間内での飲み会に参加出来るようになりました

最初の頃は、かなり構えて出席したのですが、
皆がアルコールを楽しんでいても、特に自分も飲みたくなったりしたことはなく、
その会が終わって、家に帰る途中でもアルコールの誘惑を感じることもなく、平和に家に帰り着くことが出来ました。



⑦断酒7年経って思うこと。

そんなこんなで、わたしの決意の断酒も現在7年目に突入しておりますが、

わたくし、アルコールに関しては、自分のことを全く信用していませんので、
これからもずっと、「アルコール依存症である」ということに関しては、過去形になることはありません。

断酒を始めてから、7年目経った今も、わたしがアルコール依存症であるという事実はなくなりません。

アルコール依存症専門病棟での講義ででも、
断酒会やAAに参加した際にも、
アルコール依存症について書かれた書物にも、
アルコール依存症について書かれたブログにも、
「アルコール依存症は完治することのない病気です。」と教わってきましたし、
わたしが再飲酒した際の苦い思い出からも、アルコールの「一口の怖さ」は身にしみてわかっています。

わたしがアルコール依存症であるということは、生きている間は完治しないであろう事実でしょうが、
そのことを悟り、そして、そのことを学び直しながらなら、
上手くこれからも断酒と付き合っていける。
そしてそれが、
わたしとアルコールとのベストな付き合い方なのだろう。と思います。

7年経って、やっと少しだけ、穏やかな日常を過ごすことができるようになってきました。

この穏やかな日常が、これからもずっと続くように、油断することなく、アルコールを舐めることなく、自分とアルコールとの正しい付き合い方で、毎日毎日過ごしていきたい。
と今は素直に思っています。

コメント

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