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アルコール依存症の人がほとんど体験する「底つき体験」・断酒に踏み切るのに、コレを利用しない手はない!


「底つき体験」って、ご存知ですか?

アルコール依存症の人の底つき体験。
というと、たいていの人は想像するのに難しくないのではないでしょうか?
  
アルコール依存症に関しての特別な表現ではないのでしょうが、
アルコールにまつわる諸現象の表現として使われることが多いものですから、
アルコール依存症患者同士の会話では、かなり頻繁に出てくるワードの一つになっています。

今回は、そんな「底つき体験」の解説と、その体験を上手く利用しての断酒への踏み出す方法を、
わたしがアルコール専門病棟に入院した時に、
ある人から聞いた底つき体験の体験談と、
わたしが断酒に踏み切れたきっかけにもなった体験をもとに、書かせていただきます。

目次

①底つき体験ってどんな感じ?
②ある会社員の底つき体験からの断酒に踏み出すまでの話を聞いた話
③わたしが断酒に踏み切れた底つき体験
④まとめ


 

 ①底つき体験ってどんな感じ?

アルコール病棟では、患者同士で談笑している場で、各々の底つき体験の体験談をしては盛り上がる。ということがちょくちょくありました。

中には、お酒に関しての武勇伝か何かみたいに話す人もかなりいて、
わたしはあまりその手の武勇伝は興味なかったので、ほとんど聞いていませんでした。

底つき体験とは、心理学か、精神医学かの用語なのでしょうか。
スミマセン、わたしは、語源などは詳しく勉強していないので、このブログではご紹介出来ません。

わたしが書くことができるのは、
アルコール依存症者がほぼ体験する、もしくは、したことがある、アルコールに対しての底つき体験の話です。

アルコールを依存症者のそれのように、無茶な飲酒状態を続けていると、
頭では、「まだ飲みたい」と考えたとしても、
身体の方が受け付けなくなったり、
または、
一方で「まだまだ飲みたい」と思っても、
もう一方で、強烈な脱力感。無力感に襲われて、
飲酒に対してそれまでの強い欲求というものが、
急速に萎んでいくようになることがあります。

そういう状態に陥る体験を、アルコールに対しての底つき体験といいます。

残念ながら、わたしが入院していたアルコール専門病棟での講義でも、その時使用したテキストにも、個人的に読み漁ったアルコール依存症に関する専門的な書物にも、底つき体験に関しては、
具体的に教わることができませんでした。

講義での講話や書物で底つき体験というのが出てくる場面。というのは、
底つき体験のあと、一時「もう、辞めよう」と思っても、結局はスリップ(再飲酒のことです)してしまい、
そのうち、底つき体験から一時的に断酒するものの、アルコールが身体から急激に抜けることによる離脱症状などが出てきて、結局、またそれを抑えるためにスリップする。
ということを繰り返す「波型飲酒」というところに落ち着く人が多い。
という解説くらいでした。

底つき体験が頻繁に出てくるのは、アルコール依存症の人が実際に体験した体験談が書かれた書物ですとか、
アルコール依存症と診断された人や、
もしくは、アルコールの問題でアルコール専門の病院に担ぎ込まれた人から聞いた話などがほとんどです。

ただ、こちらの方も、底つきでしばらく禁酒するも、やはりスリップ。を繰り返した体験談が大半を占めていて、
もはやそのことが武勇伝として語られる。
というのがほとんどだったと記憶しています。

底つき体験からのスリップ。というのは、残念ながらとても多くて、

アルコール依存症の初期から中期の人は、とにかく絶え間なく飲み続ける「連続飲酒」がほとんどなのに対して、
アルコール依存症も長きに渡ってくると、
「連続飲酒」に身体も心も悲鳴を上げてきて、
そのうち耐えられなくなって、底つき体験をしますが、
アルコール切れによる離脱症状に苦しんで、また、飲酒を初めてしまうという、「波型飲酒」に移行することが非常に多いそうです。

アルコール専門病棟での講義の際も、この「波型飲酒」にふれた講話がいくつかありましたが、
「波型飲酒」は、かなり危険視されていました。

「波型飲酒」が何故危険視されているか?といえば、
底つき体験時に、心も身体も限界を感じてしまっているのに、辛い離脱症状から逃れたいので、スリップしてしまう。
それを何度も何度も繰り返すことによって、
身体は内臓系などの症状の悪化。
心は、その都度深く落ち込み、荒みすぎて、
最悪、自殺などに陥ってしまうことがある。
というのが理由なのだそうです。
事実、アルコール依存症者の自殺率は、一般に人の割合と比較して、段違いに高いそうです。

このように、「底つき体験」というものは、何かとネガティブな見方をされることが多いのが現状ですが、

わたしがアルコール依存症専門病棟で出会った、ごく普通の会社員の方(アルコール専門病棟においては、なかなかお目にかかれないのが、こういったタイプの方です。) から聞いた、
彼が底つき体験から断酒に踏み切り、また普通の日常を取り戻すために始めた静かな闘いの話は、
その後、わたしが再飲酒から断酒に踏み切って、アルコールに依存する前の日常を取り戻そう。との闘いを始めた時に、とても前向きな気持ちと勇気を与えてくれ、そのきっかけを作ってくれた話ですので、

底つき体験にネガティブな印象しか持てない人にも、ぜひ、知っていただきたいと思います。

 

 ②ある会社員の底つき体験からの断酒に踏み出すまでの話を聞いた話

アルコール依存症専門病棟には、常時約30〜40名くらいの依存症患者が入院していましたが、
実際、8割くらいは何度か入退院を繰り返している、いわば常連の人でした。

そのことだけでも、アルコール依存症という病気がいかに完治が難しい病気なのかが分かるような気がしますが。

わたしも含めて、入院患者は、普通、3ヶ月の入院期間で、その間に、アルコールの害悪性や、依存してしまう心理状態、断酒の必要性などに付帯したことの学習があり、その他、アルコールに依存していた間にダメージを受けた、体力や臓器の修復などに努めるようなプログラムが組まれています。

その男性は、それらの人とは違っていて、1ヶ月間の入院期間でした。

彼は、わたしと同年代で、あまり他の常連患者たちとはツルむことはなく、
講義や食事や体力作りなどは、他の患者たちと同じように、同じ時間で過ごしていましたが、
自由時間などは、ほぼ一人で、図書庫で借りてきた本を、デイルームで静かに読んで過ごしていました。

彼と話し出したきっかけは、
わたしが図書庫に、中島らも著の「今夜、すべてのバーで」が強烈で面白かった!と同室の女の子から聞いたので、借りに行った時、
たまたまその本を返しに来ていた彼と、その本について少し話したことがきっかけでした。

わたしも自由時間はたいてい、デイルームで本を読んで過ごすことが多かったので、
そのうち、お互いのパーソナルな部分は全く話さないものの、
少しだけ、アルコール依存症になったきっかけや、苦しんだ離脱症状のことなどを話したりするようになりました。

彼が飲酒を初めたのは、一般的には遅い方で、
大学を卒業後、その当時も勤めていた会社に入社してから、PCでのデスクワークがハードだったので少し参っている時、当時の上司から誘われて連れて行ってもらった居酒屋でビールを「苦いな・・」と思いながら飲んだかことが始まりだったそうです。

そのうち、仕事が忙しく、気分が参った時に飲酒すると、なんとなく気分が軽くなったような気がして、次第に常飲するようになったそうでした。

それからは、次第にアルコールにも慣れて行って、段々と酒量も増えて行き、そのうち、仕事云々だけではなく、毎晩、寝酒しないと眠れなくなってきたとのことでした。

彼曰く、ここがターニングポイントだったそうで、そうなってくると、飲酒が日常的になってきて、二日酔いもしょっちゅう。
その二日酔いをなんとかしないと。と、朝、出社前に迎え酒をすると一時的に治ることを覚え、
出社前に一杯ひっかけるということも日常的になってしまったそうです。

そうしているうちに、アルコールが切れてくると手が震えて、キーボードが上手く叩けなくなってきて、同室の人たちからも訝しがられているような気がしてきて、
手の震えを抑えるために、ウイスキーのミニボトルを上着のポケットに忍ばせておいて、トイレに席を立った際に、こっそり一口、ウイスキーをあおるようになったのです。

会社の人たちに飲酒がバレているのではないか?
こんな生活がずっと続くのか?
などと考えて、気分は最悪。
ほとんど、アルコールしか摂れていないのに食欲はなく、ガリガリに痩せてしまって、体調も最悪。

終いには、会社も休みがちになり、それでもアルコールが切れた時の手の震えなどが出るたびに怖くなって、また飲酒に頼ってしまいます。

「これ以上、生きていていいのだろうか?」
と、アルコールでグダグダになった頭で、自殺を考えたこともあったそうです。

そういう時、彼は会社の直属の上司に救われたそうです。

日頃からの動向の不自然さと、会社を休みがちになった彼のことを心配してくれて、
彼の家に訪ねて来てくれ、彼の悲痛な告白を黙って聞いてくれたのです。

彼自身、その時の状態が、よく言う「底つき体験」なのだと自覚していたそうです。
心も身体もガタガタで、飲酒という行為がこれまでになく、辛すぎて、悲しいだけのものになってしまっていたそうでした。

会社の上司の取り計らいで、彼は会社に1ヶ月の有給休暇を取って、
アルコール切れの離脱症状の緩和治療と、
これからの断酒に向けての知識を学ぶために、
このアルコール依存症専門病棟に、1ヶ月間の学習指導入院をした。
ということでした。

彼の場合は、辛かった底つき体験を運良く断酒へ結びつけられたケースです。
思い切って、他者を頼り、
勇気を出して、病院に行って、アルコールについて学んだ結果、
非常に穏やかな気持ちで、前向きに断酒と向き合えている。
と話してくれました。

彼の方が早く退院して、日常に戻って行ったのですが、
もちろん、お互いの連絡先などを交換したりはしていませんでしたので、
その後の彼の断酒状況などは知るよしもないのですが、
彼ならば、今も堅実に断酒を継続しているに違いない。
と、自信を持って言えます。

 

 ③わたしが断酒に踏み切れた底つき体験

わたしが、今、断酒が継続できているきっかけになったのも、何を隠そう、わたしが経験した底つき体験によるものです。

わたしが、これは参った!と心の底から思った
底つき体験は、
会社員の男性に断酒を踏み切らせた底つき体験の話を聞いた、アルコール専門病棟を退院して、それから1ヶ月しか経っていないにもかかわらず、情け無いないことにスリップしてしまう。
という経験の時に起きました。
そのスリップ体験は、詳しく、次のブログに書いていますので、ご興味がある方は、こちらからどうぞ。

全くもって情け無いお話ですが、
このスリップは、約1年間続きました。

1年間、ココロの方は、
一度だけ。大丈夫。
と思って飲んでしまったお酒が、ここまで自分の中の深い部分に入り込んでしまっていたなんて。
正直、今まで自分の中にあると思っていた自尊心やプライドなんかが、ガラガラと崩れ落ちていくようで、非常に打ちのめされました。

しかし、どこまで依存していたのか。
打ちのめされて、もう辞めたい。と思っても、
隠れて飲酒していたので、それが家族や会社の人たちにバレてしまっているんじゃないか?と、
毎日、毎回、肝が冷えた状態が続いても、
しばらく経てば、結局、また、飲んでしまう。というのの繰り返しでした。

今回は、身体の方は、まだ、手の震えなどの離脱症状は出ていなかったのですが、
わたしは、免疫性の肝臓の病気があるので、
そちらの爆弾が、またしても爆発しました。

肝臓病の関連症状としての、食道静脈瘤が破裂して、吐血して緊急入院。という、最大級の悲鳴を上げてしまいました。

実は、これは2回目の吐血でして、
立派なアルコールによる症状だと言っていいでしょう。

家族は、どうやらわたしの再飲酒には気付いていたものの、認めたくないのと、どう対処していいものか分からないとの思いで注意が出来なかったようで、
逆に、泣きながらわたしに謝ります。

吐血して、緊急入院した病院のベットの上で、
悲しい思いをさせてしまった家族に対しての申し訳ない気持ちと、
アルコール依存症専門病棟にまで入院して、しっかり勉強したつもりになっていた自分への不甲斐なさなど、
そして、これから先の日常をどのように過ごしていけばいいか、全くもって分からない状態になってしまって、
それこそ、身もココロもズタズタになっていました。

そんな時、何故か、アルコール依存症専門病棟で底つき体験の話をしてくれた、あの会社員の方のことをぼんやり考えました。

彼は、こんな状態から、なんとか這い出そうと覚悟して、会社を休職までして、一から学んで、身体をしっかり休めて、
その上で、アルコールと真っ向から闘っているのだと。

わたしも、ココロや身体の壊れ具合では、その時の彼ととてもいい勝負なのだと思いました。

それならば、わたしもやれる!

彼の底つき体験からの復活しようという確固たる思いに勇気づけられて、

この入院期間に身体をしっかりと直して、
それプラス、アルコール依存症専門病棟で学んだことをもう一度、自分で学び直そう、と。
そして、今度こそ抜かりなく、自分を過信せず、
もう一度、断酒に取り組もう。

と、そう思えるようになりました。

彼のように、再度、アルコール依存症専門病棟に入院して、再教育してもらう。とまではいきませんでしたが、
家に戻っても、しばらく仕事も休みをいただき、
病棟での講義に使用されたテキストで学び直したり、その時書き留めたノートを読み返したり、
アルコール依存症について書かれた書物を読み漁ったり。
アルコールに対して知識で武装して、わたしも彼のように、真っ向から闘う決意をしました。

そんな姿を近くで見ていた家族は、なかなか信じることが出来なかった。と、今は笑って話してくれるようになりました。
仕方ありませんね。
今まで何度となく、裏切ってきたんですもの。

自分を鼓舞したり、逆に罵倒しながら、
なんとかかんとか、
あの底つき体験以来、7年間、断酒を継続できています。

一度は、底つき体験で、もう立ち直れる自信など全く無く、落ちるところまで落ちてしまったわたしですが、
その時思い出した、病棟で出会った会社員の彼から聞いた話によって、
もう一度、断酒に踏み切る勇気をもらったのです。


④まとめ

底つき体験というものは、大変貴重で、単に苦しんだ体験として済ますには、勿体なさすぎる体験だと、わたしは思います。

好きで飲んでいたはずのアルコールから、これほどまでに苦しめられ、痛めつけられる体験をしたことがある人は、
それまでのように、気楽に、快適に飲酒をたしなむ。ということは、
残念ながら、身体的にもココロ的にも、もう出来なくなるはずです。

その時に、更に辛い離脱症状に耐え切れずにスリップしてしまうか、
それとも、確固たる意思で、離脱症状を緩和する治療などを受け入れて、
そして、ズタズタなココロにも忍び寄ってくるアルコールの誘惑に負けないようにしっかり学んで、
勇気を持って断酒に踏み切ることが出来るか。

道は、2つです。

底つき体験は、アルコールを無茶飲みしていると、必ず訪れます。
そして、ほとんどの場合、その後、アルコールを絶った時に訪れる離脱症状に苦しむこととなります。

その時の対処によって、
波型飲酒に陥り続けるか、
それとも、勇気を持って、まず、苦しい離脱症状を緩和するべく、適切な処置を専門的な第三者に委ねた上で断酒に踏み切るか、

分かれた道の行き先は決まってくるのです。

底つき体験を、出来るだけ有意義なものにしませんか?

アルコール依存症の人は、それを知らない人が想像できないほど、
身もココロもズタズタに傷ついて、苦しんでいるんです。

ね、
もうそろそろ、勇気を出して、いろんな人に助けてもらいましょうよ。
離脱症状の苦しさは、しっかりと緩和してもらえる術があるんです。

せっかく苦しんで得た底つき体験なのですから、
どうか、手軽で楽な再飲酒を繰り返さないで下さい。

わたしも、まだまだです。
多分、死ぬまでアルコール依存症という病は続いていくものだと、覚悟しています。

だから、ずっとずっと、アルコールとの闘いは続いていくものだと思っています

このブログを読んでくださった方々も、
勇気を持って、断酒に取り組んで欲しいな。と考えています。

一緒に、アルコールと闘っていきましょう!



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