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アルコール専門病棟での話・驚きばかりの入院初日と病棟での毎日のスケジュールとか。

 


今からもう10年も前の話ですので、
多少、変わってきていることもあるかもしれませんが、
わたしが、アルコール依存症者として、アルコール専門病棟に入院した時のお話をざっくり書いててみようと思います。

わたしが入院したアルコール専門病棟は、
福岡市の、とても景観が良く、静かな環境にある、規模がそこそこに大きな精神科の病院にありました。

そこに入るようになった経過は、
10年前に吐血して、救急病院に救急搬送されまして、あれやこれやで肝臓の病気(自己免疫性肝炎という病気です。)が発覚しました。
その後でわたしの飲酒経歴と行動を洗いざらい白状させられて、
病気の進行を心配して下さった医師と、
手に負えなくなった、現在、離婚している夫から、
アルコール依存症の離脱症状の治療と、断酒に踏み出すための学習のために、
3ヶ月間、学習入院しなさい。
と、半ば強制的に送り込まれた。
というものでした。

もちろん、当初は、「???!」
だけの感情しかありませんでした。
が、しばらくそのアルコール専門病棟で、いろいろな学習をさせていただいたり、
フツーでは、なかなか出会えなかったような、稀有なアルコール依存症者の方々から伺った貴重な体験談など、
今思えば、大変貴重な経験をさせてもらって、
それが、現在わたしがなんとか断酒生活7年目を、大した苦悩もなく穏やかに過ごせていることの基本を作っていただけたのだ。

と、大変ありがたく思っています。

とは言っても、最初は「????!」しかなく、
病棟に足を踏み入れた途端に、
送り出してくださった、そして、その病棟を退院してからも、わたしの病気の治療(自己免疫性肝炎の方です。)をとても親身になって、現在も見てくださっている主治医の先生のことも、
「俺には面倒見切れん!」とアルコール専門病棟にとつとと送り込んだ、現在離婚した夫のことも、
恨みました。はい。

 

 それでは、少し、わたしがお世話になったアルコール専門病棟のシステム的な話とか、大まかな、1日のスケジュールを書かせていただきたいと思います。

アルコール依存性専門病棟。
というと、この世の果て・・・
などという印象をお持ちの方が多くあると思います。わたしも、初めて連れて行かれた時は、
大袈裟ですが、「終わった・・」とまで思いましたが、
本気でアルコール依存症に向き合っていく覚悟がある人は、
絶対に、外来ででも、お住まいの地域のアルコール依存症の問題を専門的に扱っている病院に行って、まずはカウンセリングから、そして、アルコール依存症についての勉強をさせてもらった方が間違いない。と思っています。

きっと、あなたが怖がって受け入れがたいと思っている感情を超えるほどの得難い経験を得られると思います。
いろいろと適切なアドバイスをもらえますし、
理論的に、とても分かりやすくアルコールの問題について学習させてもらえることと思います。

そして、それはあなたがこれからアルコールと闘っていく上での、大きな武器となってくれるはずです!

では、はじめましょうか!

目次

① ・アルコール専門病棟での初日
②・朝のラジオ体操
③・食事の不思議
④・午前の学習会
⑤・午後のワークアウト
⑥・お風呂と自由時間
⑦・お休みなさいの前


①アルコール専門病棟での初日

アルコール専門病棟に初めて連れていかれて、
真っ先に驚いたことは、
病棟の出入り口が、自動ドアなのですが、二重になっていて、外にインターフォンがついています。
「ご用の方は、このインターフォンを押してください」と書かれています。

インターフォンを押すと、看護師さんらしき声が聞こえて、こちらの名前を伝えると、ドアを開けてもらえました。

この出入り口は、いつもロックがかかっています。
病棟に入る人だけでなく、
病棟を、訪ねて来た人。お見舞いの家族や、外の売店のおばちゃんなど、
そしてもちろん、入院している人も、
看護師さんの許可をもらって、ロックを開けてもらえないと、出入りできないシステムになっているのです。

わたしは、恥ずかしながら、この病棟が、精神科の病院の一部であることも知りませんでしたので、フツーの病院に入院するイメージしか持っていませんでした。

ビックリしました!正直!

例えば、病棟がイヤになってとか、どうしてもアルコールが欲しくなってとかで、勝手に脱走できないように、
病院職員の許可がもらえないと、ドアを開けてもらえないシステムになっているのです。

そのことを知って、わたしは先行き不安で泣きそうになりました。

入院初日から3日の間は個室が与えてもらえました。
そこに食事も運んでもらえましたし、喉が渇いたといえば、ペットボトルの水も貰えました。
お風呂は使えず、身体拭きのタオルを貰えて、それで身体を拭いて済ませました。

入院の手続き、というか、最初の説明の時に、
持ち物の検査があり、退院するまで、携帯電話も預けなければいけませんでした。
あと、刃物系。男の人は、入院中はヒゲをそる剃刀も、ハサミなども、入院中は預けていました。

この、個室で過ごした3日間というのは、
わたしみたいに、この病棟にするまでに、アルコールがしっかり抜けている人は何の問題もなく静かに過ごしておけばいいだけなのですが、
何らかの理由で、緊急的にこの病棟に連れてこられた人は、
この3日間は、アルコールを体内から抜く時間として準備されているようです。
いわば、3日間の準備期間とでも言っていいのでしょう。
この3日間で、アルコールが抜けた時に襲ってくる離脱症状から、暴れ、苦しむ人も少なくないそうです。
もちろん、離脱症状の程度によって、さまざまな緩和処置がされるそうです。

 

 ②・朝のラジオ体操

3日間の個室生活が無事に終わると、翌日の朝の全体ミーティング(このミーティングは、入院期間中、毎朝行われました。)で、他の入院患者に、新しい入院患者として、紹介されました。

まず、一般的な入院。というイメージからは、
この病棟に一歩足を踏み入れてから、すでにかなりかけ離れたものだ。ということはよく分かりましたが、
毎朝、全員ミーティングなるものがある。ということを知って、入院。というものにそれまで持っていたイメージが、ガラガラと崩れ落ちた感覚があったのをとても覚えています。

その紹介してもらった場面で、あまり他の入院患者を見ることは出来ませんでした。
多分、ずっと下を向いていたんじゃないかと思います。

朝のミーティングの後は、各自の部屋の前まで戻り、音楽がスピーカーから流れて、ラジオ体操が始まります。

ラジオ体操なんて、小学生以来、したことなかったので、周りの人を見ながら、見様見真似でやってみました。
この時、初めて、同室の4名、いずれも女性ですが、顔を見て、「よろしくお願いします。」と挨拶できました。

 

 ③・食事の不思議

ラジオ体操が終わって、同室の人に促されながら、デイルーム(患者が、自由時間などに好きに使ってよいフロアー)についていき、
その人のお仲間が座っているテーブルの一席に座るように勧められて、「ありがとうございます」と席に着きました。

朝食だそうなので、お箸とコップは部屋から持ってきていました。
一緒にテーブルについていた人たちは、各々、ふりかけや海苔の佃煮など、ご飯にかけて食べるものを持っていたので、(?)と思っていましたが、
納得。
朝ご飯にしては、というか、朝だけではなく、
結局昼も夜もなのですが、
とにかく、ご飯の量が多い!
定食屋さんでは、大ライスレベルの量にまず、圧倒されました。
その上ビックリしたことは、
この大量のご飯を含めた食事は、
特に体調が良くないなどの理由がないと、お残しは許されないのです。

あとで聞いた話ですが、
何故、ご飯が毎回こんなに多いのか?
何故、食事のお残しは認められないのか?
看護師さんの答えは、
お腹がいっぱいになっていたら、飲酒欲求もあまり出にくいから。
そうなのか。と合点しました。
わたしのことで思い返してみると、
お酒にコントロールが効かなくなって、確かに食事はめちゃくちゃ疎かになっていました。
そのことがしっかり頭に残っていたので、
退院してからも、(再飲酒した頃はすっかり頭から抜けていました。スミマセン)何はなくとも、ご飯だけは3食、しっかり、お腹いっぱいになるまで食べています。
(ちなみに、気になる体重の方は、むしろアルコールを呑んでいた頃よりは減りました。体脂肪率もかなり減って、絶好調です!)

 

 ④・午前の学習会

午前中は、病院の医師や、外部からのゲストの方、指導担当の看護師が、
毎回、テキストを配ってくださっての学習会が行われました。そこでは、アルコール依存症の定義や、
アルコールが引き起こす身体の病気。
アルコールが切れた時に起こる離脱症状。
アルコールが引き起こす精神への影響。
などなど。
あと、アルコール依存症の唯一、最強の治療法である、断酒に踏み出す心構えや、
アシストしてくれる断酒会などの活動。
アルコールが身体に入るととても強烈な拒絶反応を引き起こして断酒を助ける抗酒剤の説明など、
アルコール依存症者が抱えている問題や、これから抱えるであろう問題を、一つ一つ丁寧に教えていただきました。

全くのアルコール依存症初心者であったわたしは、
この講義で、自分が現在抱えている問題の重さと、
これから待ち受けている身体的な問題と社会的な問題にどう立ち向かえばよいのか。
を、かなり深く学習することができた。と思っています。


 


⑤・午後のワークアウト

午後からは、主にいくつかの班に分かれて、
指導担当の看護師からのワークアウトが行われました。

一班、男女混ぜこぜで20人くらいのメンバーで、一週間、いくつかの活動をします。

班のみんなの前で、自分がアルコール依存症になったきっかけや、それによって失ったものなどを発表するものや、
アルコールが必ずと言っていいほど付いてくる場面をどう上手くかわすか?というようなテーマを何人かで寸劇のように表現することや、
アルコール依存症をテーマにした映像を見る時もあれば、
たまには、外のグラウンドで、整列して延々と歩く。というのもありました。

このワークアウトは、なかなか楽しく、比較的、時間が早く経ってくれたので、嬉しかったです。

⑥・お風呂と自由時間

夕食の後は、お風呂になります。
お風呂は、男性と女性で、時間が決まっていて、
時間厳守で、基本、日曜日以外はわりとゆっくり入ることができました。

お風呂が8時くらいからで、
9時から10時の就寝時間までが、各自、自由時間になっていました。

デイルームにある唯一のテレビを見ている人たちもいますし、
おしゃべりに興じている人たちもいます。
卓球台がある部屋もあり、卓球を楽しむ人も結構多かったです。

入院中は、個人の持ち物はかなり制限されていました。
面白かったのが、
わたしは、本を読むのが好きなのですが、
自分の私物として本を持ち込むことはダメでしたので、
病棟所有の本が借りられる。と同室の友人に聞いて、喜んでさっそく借りに行きました。
そこに並んでいた本は、というと、
アルコール依存症者の体験記や、
アルコール依存症に勝つ!とかいうタイトルのものだったり、
離脱症状のアレコレとか・・・
アルコールに関する本ばかりでした!

自由時間は、そこで本を借りて、自分のベットで読んでいたり、
同室で仲良くなった、同世代で、入院するまで夜のお仕事をしていた美人のTさんとかとおしゃべりしたり、
テレビを見ることもありましたし、
何人かでトランプして遊んだりしていました。

なんとも、
タイムトリップしたかのような感覚を覚えるほど、
10年前とはいえ、なんとも呑気。というか、
ほんわかとした時間を過ごしていたんですね。

⑦・お休みなさいの前

消灯の時間は10時です。
各々、部屋に戻って、就寝につきます。

就寝の前に、20分ほど、日報的な1日の感想文を書いて提出する。
という決まりがありました。

その感想文は、退院の時に返してもらえ、
あとから読み直してみると、
慣れない入院初期から、少しずつ慣れてきて、中だるみがあって、退院前は異様に緊張して・・
などの、自分の感情と思考の変化を改めて思い返すことができました。

多分、病院側も意図的に、患者にヒマな時間を作らせないようにスケジュールを組んでいたのだと思いますが、

自分一人の時間をゆっくり過ごせて、
いろいろな考えを巡らせていられるのは、
就寝前の、この一日の感想文を書く時間くらいしかありませんでしたので、

この時間は、いろんなことを考えるとてもいい時間でした。

今思い返せば、
わたしがお世話になった、このアルコール依存症病棟は、
なかなか徹底して不自由で、厳しくて、
できれば、というか、決してもう二度と訪れたくはない所ですが、

そのおかげで、アルコール依存症者としての心構えや、アルコール依存症の怖さ、そして、なかなかに大きな問題に立ち向かうには、
しっかりとそのことについて学習して、理解して、
強い気持ちを持って闘わなければ、決して勝てない!
と教わったようで、とても感謝しています。

この病棟での毎日を、淡々と過ごして、吸収できるところは頑張って吸収することができたのが、
退院してから、(一度再飲酒をやらかしたとはいえ、その後は、)スムーズに現在までアルコールを一滴も口にしないでいられる状態を保っていられることの基礎となっている。と、思っています。

そう思えますので、今では、
当時は少し恨んだ、
わたしをアルコール依存症病棟に送り込んでくれた、主治医の先生や、
もう離婚した、元夫に、素直に感謝できるようになりました。

このアルコール依存症病棟に入院し、学習して、しっかりと、知識によって武装できたからこその元気に笑って毎日過ごしていける今がある。

ということを、今、アルコールの問題で悩んでいる人に聞いて欲しかったのです。
結果、笑って過ごしていけるなら、
多少の試練は耐えやれるはずです。

知らないことで怖さが増すということ、ありますよね。
アルコール依存症病棟というと、なんかとても怖いところというイメージが先走って、
なかなか相談しに行くことに躊躇いがある方、
アルコール依存症病棟の、毎日は上に書いたようなものです。
そんなにとりたてて怖いイメージを持たなくても大丈夫です。
わたしのように、入院までしなくても、まだ初期のアルコールの問題行動であれば、しっかり外来で対応してもらえます。

アルコールの問題で悩んでいる方、
まずは外来でのカウンセリングに行ってみませんか?
きっと、助けてもらえます。
勇気をだして、頑張りましよう!



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