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断酒会・AAってなに?アルコール専門病棟入院時に会合に参加した話。と、退院後の断酒について考えた話。

 


 最初に書かせていただきたいことは、
完全なるボランティアで運営されている、断酒会やAAの方々の熱意と行動力は、本当に頭が下がる思いです。
アルコール依存症で苦しむ人をなんとか救いたい。という思いだけで、活動されている姿はとても素晴らしいことだと思います。
わたしなどは、ほんのちょっとだけ垣間見させていただいただけの存在なのですが、
今後、断酒をもっと確実に継続し続けることができれば、このブログを介してでも、アルコール依存症者で断酒をなんとか継続できている者として、微力でも何かできるのではないか。と思っています。

わたしは、何処の断酒会やAAにも所属していません。

断酒会やAAに参加したのは、
アルコール専門病棟にアルコール依存症の治療で入院している時に、
病棟内で、毎火曜日の夜に行われていた断酒会の出張例会と、
これまた病棟内で、毎金曜日の夜に行われていたAAの出張ミーティングに参加した経験と、
入院して2ヶ月経つと、入院患者達に参加者を募って、病棟に出張して来てくださっている断酒会とAAの通常例会に、病棟まで迎えに来てくれる断酒会の有志の方のクルマや、AAの通常ミーティングまで車を出してくださる病棟を支援してくださる方の車に乗り合って参加する。という希望者限定のプログラムがあり、それに参加した経験があるくらいなのです。

たったそれだけの経験しかないので、
決してそれらのグループの全体像は分かっていないだろうし、いろいろ語る資格はないのかもしれませんが、
その中で気付かされたことや、得られたことなどがいくつかありましたので、少し書かせていただきたいと思います。

通常行われる例会やミーティングに参加しなかった理由もお話したいと思います。


目次

①アルコール専門病棟での断酒会・出張例会に
 参加させていただいた話
②アルコール専門病棟でのAA・出張ミーティン
 グに参加させていただいた話
③アルコール専門病棟入院が2ヶ月過ぎたころ、
 断酒会とAAの定例会に行かせてもらった話。
④日常と非日常とのギャップ
 私が退院後どちらにも入会しなかった理由



①アルコール専門病棟での断酒会・出張例会に
 参加させていただいた話

わたしが入院していたアルコール専門病棟のでは、
退院した後、断酒会、もしくはAAに参加することを推奨していますので、
病棟でのカリキュラムの一つとして、同じ地区の断酒会と、隣の区からAAの方々が出張例会として来てくださって、入院患者たちと一緒にいつも行われている例会のような会合が行われていました。

断酒会の出張例会は、毎火曜日の夜、普段の例会の開始時間と同じ、夜7:30から行われました。

何故、夜の7:30の開始か?というと、
夜、お酒を飲みながらの宴会の開始時間が、たいてい夜の7:30くらいからなので、
その時間に合わせて断酒会を行うことで、
「もう、お酒を呑むことはない!」という決意を高める目的がある。という意味があるのだそうです。

わたしは、この病棟に入院したのが月曜日だったので、2日目には、何が何だかわからないものの、
看護師さんに連れられて、会場である大ホール
(ここで通常、講義や講演会などか行われます。)
で、断酒会の出張例会に参加させてさました。

断酒会のメンバーの方々が、前の壇上にあるホワイトボードに断酒会の旗を磁石で貼られてから、
出張例会が開始します。

まずは毎回、会長の話があり、その後、参加者全員で「断酒の誓い」という文言を読み上げます。
(「断酒の誓い」も、壇上のホワイトボードの横に貼ってあります。)

その後、まずは、会員の皆さんが、次々に今週の断酒生活の報告と、その他、何か悩んだこととか、もろもろの近況報告など。
もちろん、ここは出張例会なので、一人一人にあでがわれた時間は、通常の例会よりも限られているため、相当、空気が読めない方以外は、概ね、断酒報告で簡単に済ませておられましたね。

その後、一通り会員の方の報告があったあと、
入院患者にマイクが回ってきます。
看護師さんがあらかじめその日に発表する人のリストを挙げてくださっていて、その日に発表が予定されてい患者は、事前に知らせておいてくれました。

わたしは入院中に3回、発表する役目が回って来ました。
初めて発表したのは、入院して3週間くらい経ってからでしたが、
「断酒の決意!」と言われても、何を発表すれば良いのか、かなり迷って悩んだ記憶があります。
それで何を発表したか?といいますと、
スミマセン!全くもって覚えておりません。

その後発表した2回も、ほとんど覚えていないのが事実です。
断酒の決意」と言われましても、入院している間は、正直、
アルコール依存症についての知識や断酒の必然性などを学び始めたばかりで、断酒を決意しなきゃいけないのはよく分かるけど、まだ、決意を発表するほどの考えもまとまっていませんでしたので、アタフタしていただけだったと記憶しています。

いらっしゃった断酒会のメンバーの方々は、
かなり年配の男性がほぼ占めていたと思います。
皆さん、背広にループタイといった、真面目で温厚なおじいちゃん。といった印象の方が多かった。というか、ほとんどだったと記憶しています。


 

 ②アルコール専門病棟でのAA・出張ミーティン
 グに参加させていただいた話

AAの出張ミーティングも、わたしが入院していた病棟で、毎金曜日の夜、こちらは8:00から行われました。

AAのミーティングは、断酒会とは違って、希望者を募ってのみの参加。という形で行われました。
わたしは、ほぼ全ての開催されたミーティングに出席させてもらいました。

断酒会の例会は病棟の大ホールで、全員参加が前提として行われていましたが、
AAのミーティングは、参加希望者のみで、開かれる会場も、それほど広くない講義室と呼ばれる、いつもは、例日の午後に班に分かれて行われるワークアウトに使われている部屋で、座る場所も決まっていなく、なかなかフレンドリーな雰囲気で行われます。

司会役も、話す順番も、話す内容も事前に決まっていることはなく、
私たち患者にも特に発表が義務付けるられていることもありませんでした。

毎回来られるメンバーの方も、断酒会の方々に比べると、比較的若い印象がありました。

断酒を目指し、継続する。
という理念は、断酒会と同じく強く感じることができましたが、
「断酒!」と強くキッパリと押し、貫く姿勢に思えた断酒会の会合の内容とは少し違って、
会合での会話などのニュアンスで、訪れた人を出来るだけ自然な形で断酒に導こう。としているような印象を受けました。
言ってみれば、「剛と柔」
おおよそ違うスタイルで、アルコール依存症と断酒に向き合っているような、そんな感じを受け取りました。

AAは、特に進行方法などの決まりごとがなく、
最初におおまかに本日の司会担当と思われる人から、本日の参加者(AAから参加されている方も、参加している患者も)に簡単な1分くらいの自己紹介が促され、
参加者がそれぞれ順番に自己紹介をしていきます。

その後、司会担当の人から、前の週にすでに決まっていたお題についての発言がある人は挙手後発言するように言われて、
それぞれ、発言したい人が発言する。というスタイルでした。

現代にマッチしていると言いましょうか、
自由に。と言いましょうか、
病棟にこられる会員の方々で、断酒会より、AAの方々の方が、若い人が多い。というところからも、それぞれが同じ「断酒」という目標に向かうとしても、プロセスが少し違うな。という印象を受けました。


 

 ③アルコール専門病棟入院が2ヶ月過ぎたころ、
 断酒会とAAの定例会に行かせてもらった話

病棟での入院が2ヶ月過ぎた頃には、断酒会とAAの通常に行われている定例会に、病棟を出て参加出来るようになりました。

事前に同会から1ヶ月の定例会の開催スケジュールが病棟に送られてきますので、
外出許可がもらえる患者は、事前に申し込みをして、車で送り迎えをしてもらっての参加が出来るようになります。

わたしも、2ヶ月を過ぎて、参加許可を病棟からもらえましたので、ほとんど全ての参加できる定例会に参加させてもらいました。

断酒会の定例会は、毎水曜日の夜7:30から行われます。
最初の定例会への参加時は、本当に久しぶりの外の世界でしたので、
異常に興奮した記憶があります。
とはいえ、直行直帰が原則ですので、会場の区のセンターに真っ直ぐ向かい、終了後もこれまた真っ直ぐに病棟に戻る。というものでした。

定例会は、参加会員の数も病棟での出張例会よりは多少多かったと思います。
家族の方々もいらっしゃいました。

定例会での出張例会と違った印象は、
病棟での出張例会にいらっしゃる方々に混じって、40代、50代の人も何名かいらっしゃって、
率先して、定例会以外の行事(バーベキューや地元のお祭りへの参加など)を企画、実行していて、
断酒会への若い人の参加を取り込もうと積極的に活動されている。とわかりました。

定例会の会合のスケジュールは、病棟の出張例会との進め方と大きな違いはなかったようで、
会の旗や「断酒の誓い!」の読み上げも同じくとり行われていました。

車の中や、休憩時間などに、同世代の会員の方々から、退院後の断酒会への参加を熱心に勧めていただきまして、
その、とても熱心な様子に.「ここまでこの人達を突き動かすものは、何なのだろう?」と、感心し、
また、当時は少し不思議な感覚を覚えました。

AAの定期ミーティングも、断酒会と同じように事前に開催スケジュールと、
ここが少し違うところなのですが、参加者可能人員も同時に送られてきますので、
参加可能人員に空きがあれば申し込んで、参加することができます。

わたしは、空きがある限り、出来るだけ参加させてもらいました。

AAのミーティングは、土曜日のよる8:00からの開催が多かったと記憶しています。
多かった。というのは、わたしが出かけたAAの定期ミーティングは、となりの区の教会を会場に借りて行われていましたので、
その教会に、何か他のスケジュールが入っていたら、中止になる。といった環境によるものの影響のせいであったらしいです。
(AAのミーティングは、教会を借りて行われるというものが多い。と会員の方に聞きました。
発祥がアメリカの慈善団体だというのがあるのかもしれませんね。)

AAの定期ミーティングも、病棟から車に相乗りで、直帰直帰で行きました。
AAの定例ミーティングも、病棟での出張ミーティングと特に変わったところはありませんでした。
大きく違ったところは、
AAのミーティングは、アルコール依存症者だけでなく、他のアディクションに苦しむ方々や、インナーチャイルドなどの問題を抱えている方など、それぞれが抱えている問題も、断酒会に比べると、幅広く、流動的な印象を受けました。

会合自体も、始まりの挨拶や終了の取り決めなども特に取り立てて決まっておらず、
年代層も、20代から上の世代がごちゃ混ぜ。という感じでした。
わたしが入院していた病棟からの参加者も、比較的若い年代層が多かったですね。

その時感じた印象は?というと、
ファミリー意識。というか、内輪意識というか。
ずっと関わっている人にしてみると、とても居心地がいい環境なのだと感じました。
その反面、いきなり外部から入ってきた人にとっては、なかなか入り込みにくい環境ではあるかな。と思いました。

紙コップでジュースなどが配られ、テーブルの上にはお菓子なども並んでいました。
外部からの参加者であるわたしたちにも遠慮なく取るように。
と、気安く進めてくださって、リラックスできるように気を使ってくださっていることがとてもよく感じられました。



④日常と非日常とのギャップ
 私が退院後どちらにも入会しなかった理由

アルコール専門病棟の退院が近づいてきた頃、
退院後の生活についてのオリエンテーションが行われ、その際、断酒会、もしくはAAへの入会申し込みの意思の有無を尋ねられました。

退院後の断酒継続については、外来に転向しての治療継続と、断酒会もしくはAAなど、外部の断酒サポート組織への参加が非常に必要である。
との話しがあり、
その手続きを入院中に行うのが望ましい。との説明をしていただきました。

それらの件について、わたしはとても悩むことになりました。

わたしは、入院当時、それまで勤めていた職場(現在も勤めていますが)は、休職扱いにしてもらっていましたので、
できれば、身体の方は非常に良くなってきたこともあり、退院後、できるだけ早いうちに復職したい。という希望がありました。

その希望を病院に伝えましたところ、
「身体は良くなっていても、アルコール依存症というのはとても根深い病気だから、出来れば退院後、1年くらいは外来と断酒団体の会合などに出かける以外は、家で外部からの刺激を出来るだけ避けた、静かな生活を送るのが望ましい。」
と、いう見解をいただきました。

しかし、わたしはアルコール専門病棟への入院が決まってから、夫と離婚していましたので、
生活にかかる費用としてお給料を頂かないといけません。
1年も、外来治療と断酒団体への参加以外は自宅静養と言われても、直ちに「はい!」とは決して言えませんでした。

断酒会やAAへの参加についても、
当時、そして今も、わたしは車を手放していて、
どこへ出かけるにも公共交通機関を利用しないといけません。
一番近い場所にある断酒会もAAも、わたしの家からは、直通の交通機関は無く、何便か乗り換えをしなければならず、片道1時間以上はかかるので、
週に一度か二度とはいえ、毎週平日の夜間に出かける。というのは、正直言ってかなりしんどく感じました。

その当時お世話になっていたアルコール依存症病棟も、同じく公共交通機関を利用して、約、片道1時間をかけて、平日の昼間に週2回。診断とアルコール教室というものに通う。ということもあり、
とてもじゃないけど、ずっと続けていくのには無理がある。と考えました。

そんなこんなで、悩み抜きながら、退院を迎えました。

結局は、入院していたアルコール専門病棟での外来治療とアルコール教室への参加はお断りしました。
そのかわり、と言ってはなんですが、
自宅と職場から簡単に通える、内科と心療内科を併設していて、アルコールのカウンセリングもしてくださるクリニックに通うことを決めていました。

また、断酒会やAAへの参加も申請しませんでした。
毎週、平日、夜の一番忙しい時間帯に、片道1時間以上かけて出かけることのストレスの方が心配だったのもありましたが、やはり、正直に言えば、ただただ億劫に感じてしまって、その行為自体が重荷になりそうで。
というのが本当の理由です。

この選択が正しかったか?
ということは、う〜む・・・。

わたしは退院して、すぐに仕事に戻り、なかなか充実した日々を早々に取り戻しました。
しばらくは、全くアルコールを摂らないことに対しても、何のストレスもありませんでした。

が、その後、わたしはやらかしました。
1年近く再飲酒を止めることができませんでした。
もしも・・は無い!というのがわたしの持論なのですが、言わせてもらせば、

もしも、わたしが退院後、すぐに仕事に戻らなければ。
もしも、わたしが退院後、入院していた病棟の外来などに通っていれば。
もしも、断酒会やAAに参加して会合に行っていたら。

再飲酒に関しては、もし、その危険が出てきた時点で、入院していた病棟の医師や看護師さんや断酒会、AAの仲間達に相談するなどしていれば、上手く回避できたかもしれない。という後悔はやはりあります。

そう考えれば、わたしが退院後にとった決断というのは、間違いだった。
と言えるのでしょうが、

わたし自身は、負け惜しみなどではなく、今となっては、愚かだった。としか言いようが無かった再飲酒の経験も、多少なりとも必然だったのかも。
と、思えるようになっているのです。

決して、決して、大声で人に勧められるモノではありませんが、
愚かだった再飲酒の経験から学んだことは全く無かったか?と聞かれれば、
「そんなことはない。」と言いたいわたしもいるのです。

退院して、 
それまでの自分の生活の基礎をほぼ捨てて、
入院してお世話になった病院の外来に通って、アルコール教室に行って、断酒団体の方々のおかげでアルコールを飲まずにすんで・・。

それから、どうするの?
ずっと、ずっと、その生活を続けていくの?
これまで築いてきた、(アルコールを除いた) わたしの生活の基盤は、アルコールのせいで捨ててしまえるの?

などなど、再飲酒をしている最中も、再飲酒をやめて、断酒を改めて誓った時も、
厚かましくも、そんな風に自問自答しながら、

一人で悩んで悩んで悩みまくりました。
そうした苦しかった中から導き出した思い。
そして、
自分の愚かな面も、自分が悩んだことも、そして、自分だけが分かる、苦しかったことからいっぱい学んで必死で絞り出した決意も。

再飲酒から学んだことを糧に、一人で断酒に立ち向かってみよう。
もう1回、断酒に舵を切って生活を立て直そう。

それからは、まず、アルコール依存症と断酒の必要性に関する知識をしっかりともう一度、頭に叩き込んで、
それを武器にして、アルコールと真っ向から闘っていくことに決めました。

時間を見つけては、入院当時よりも真剣に、当時の講義のテキストや綴ったノート。アルコール依存症に関して書かれた本を図書館で借りてきたり、断酒会やAAからいただいたテキストや発行された書物など。
何度も読み返したり、調べたりして、知識を出来るだけ蓄えることに専念しました。

そして、今になって、
断酒がなんとか継続できている状態を無理なく保っていられるようになって、
「やっぱり全てを肯定していこう!」
と、堂々と言えるようになりました。

断酒団体について、わたしが経験したり見聞きしたりして、知っていることをお伝えしたい。
と考えて、書かせていただいのですが、
断酒を継続していく上での、目を背けるわけにはいかない問題。
アルコール依存症としての診察なり、治療なりを終えた後、
それまで築いてきた日常の生活を送りながら、アルコール依存症・断酒というものと向き合っていけるか?
それとも、非日常、とまではいかないものの、アルコール依存症・断酒ということをこれからの生活の一番の重きに置いて、それまでの生活を全く、とまではいかないとしても、変えていくのか?
という問題には、現役で仕事をしたり、家事や子育てをしていて、不幸にもアルコールに依存してしまった人にとっては、切実で、大変重い問題だと思うのです。

わたしは、それまで入院していたアルコール専門病棟での外来治療や、断酒会、AAなど、いずれも継続しながらアルコールの問題に向き合うには、わたしがこれから送るであろう日常生活との兼ね合いは、どう考えてもかえって重荷になり、それが大きなストレスとなって、いずれ耐えられなくなるのが目に見えていたので、
いずれも断って、
自分がこれからも送っていく日常生活と上手に付き合いながら、自分なりの断酒の継続を目指すことに決めました。


アルコール依存症に打ち勝つために何より必要である断酒の継続は、
アルコール依存症経験者の数だけ、さまざまな方法があると思います。

断酒会やAAなど、断酒団体で仲間達と一緒に断酒を継続していく。
ということは、とても有意義で素晴らしい方法だと思います。

また、わたしのように、それまでの日常を保ちつつ、一人で断酒の継続を目指す。という方法もありだと思います。

一つだけ、今、確かに思うことは、
やはり、状況が許されるならば、仲間達と一緒に支えあいながら、断酒の継続を目指す方が、失敗することははるかに少ない。
と思います。
(わたしもしっかり再飲酒しました。)

それでもわたしは、今後、いままでの日常を続けていきつつ、アルコール依存症の根本治療である断酒を継続していくことを決めたのですから、
なんとしても、再度飲酒に傾いた生活を断酒に向けて、大きく舵を切っていかなければいけません。

それを踏まえた上で、

例えば、
アルコールの断酒が、キツくなってきて、誰かに頼りたい。と思った時、
今の時代は、わざわざ会合などに出向かなくとも、ネットやSNSなどで、得られる情報や、相談できる相手など、探そうと思えば、いくらでも探せます。

断酒は継続あってナンボのものです。
断酒を目指す人、それぞれがそれぞれに、一番ムリがなく、行いやすい方法で取り組むのが最も良いことだと思います。

結局、断酒も、その人の生活の一部に根付いて、
最も自然で無理のない形で行うようにするのが、最も継続に繋がるベストな方法。
になるのかもしれませんね。

わたしも、わたしの日常の中で、これからも無理なく、自然に断酒の継続ができるように、
益々、知識武装して、アルコールと闘っていこうと、今回また、決意し直しました!

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子育ても、ひと段落しました。 結婚生活も、とても穏やかに終了しました。 毎日、仕事と家のことと母との呑気な生活と。 慌しくも充実した日々を送っています。 食べることと、 漫画と、 小説と、 お肌な手入れと、 ナチュラル系のオシャレが好きな、 50代。まだまだ、これからです。 今、世間では、長期にわたる自粛生活で、 ほとんどの人が、今までとは全く違う生活様式に戸惑いながらも、少しずつ慣れてきたみたいですよね。 わたしも、仕事は、昨年はほとんど在宅で行っていましたが、 最近になって、また、職場に行って仕事ができるようになりましたので、 家でばかりの生活から少し解放されて、 ちょっと、緊張感が緩んできたのは否めないところです。 少し、おばちゃん的な心配事をお話させてください。 飲食店が飲酒の制限をされていることもあって、 「家飲み」というのが、いろんなところで注目されているようですね。 「家で飲酒する」という習慣は、すっかり定着してきています。 その上、 在宅ワークなどで家の時間が増え、 出勤しない分、自分で自由に時間の管理ができるようになりました。 休日と平日の境も曖昧になって、いつでも好きな時間に飲食可能ですので、 自分では、それほどの問題がある飲酒はしていない。と楽観視している方の中にも、 アルコールが入らないとどうもやる気がでない。 アルコールがないと、時間を持て余してしまう。 などといった、 すっかりアルコールに生活をコントロールされてしまっている可能性がある方が増えてきているかもしれません。 少しでも思いあたる方は、 すでに、アルコール依存症になってしまっているかもしれません。 かくいうわたしも、 今から10年前に、アルコール依存症と診断され、 当時の夫から依存症の専門病院に入れられた、 立派なアルコール依存症者でした。 でした。 と過去形で言っていますが、 決して、過去形ではないんですよ。依存症との闘いは。 これが、最も難しく、悩ましいところです。 わたしはアレヤコレヤありまして、 現在、7年程の間、運良く(?)、それこそ一滴のアルコールも身体に入れず、 今も、全く飲酒とは無縁の生活を、おかげさまで送れています。 でも、たとえ7年間、一滴のアルコールを身体に入れていなかろうが、 現在は全く飲酒とは無縁の生活をしていようが、 明日、 もし、 ビールを、一口だけ